「にい・・・、ワンさんはスラムの人間を皆殺しにするつもりです。アナタ達にはそれを止める手伝いをしてもらいたいのです」 

「・・・」 

「んんぅ、うぅ、わぅ」 

警備員さんはワンの企みを神妙な顔で告げた。 

このままでは多くの人間が悲惨な結末を迎えることになる、と、止めなければならない、と真剣な面持ちで語った。 

「許せますか。家族がいて、友人や恋人のいる人たちが、たった一人の目的のために殺されなければならないなんて。そんなこと、あってはならないでしょう?」 

「・・・や、あの」 

「わぅ、ばぅ、あぅ」 

「なんですか、クロ。やはりあなたも許せませんか」 

「ああ、うん。いや、それはそうなんだけどさ」 

「ぶぅ、あん、わぁう」 

「そうでしょうとも!だからこそ、私たちは今、立ち上がらなければいけないのですよ!」 

警備員さんは高らかに言った。 

それは時代が時代ならば救世主にでも祀り上げられそうな凛々しさだった。 

・・・だったのだが。 

「むぅ、むん、まぅ」 

「・・・あの、何でさっきからワタルのほっぺを、もちもちしてるんですか?」 

正座をした膝の前、まるでお茶を立てるような位置でワタルの頬をこねくり回していた。 

「え・・・?いけませんか」警備員さんは明らかにショックを受けた顔をした。 

「いや別にダメじゃないですけど・・・。何か締まらないっていうか・・・。そもそもワタルはいいのか?そんな扱い」 

「?ちょっと、くすぐったい、けど、ぼくは気にしないよ」 

「そ、そうか。いやお前がいいならいいんだが・・・。いいのか?」 

「まあ、ワタルは可愛いし、気持ちはわかるよ。私も触りたいもん」 

便乗するようにシロが同調する。その言葉に、まるで同族を見つけたかのように、警備員さんの顔がパアッと明るくなる。 

「シロも、さわりたい?いいよー、さあ、おいでなさい」 

「えー!いいの!やったー!」 

そこにワタルまでも乗っかるものだから、収拾がつかなくなってしまった。 

「・・・終わったら呼んでくれ。俺ァ、席を外す」 

「おぉ、ミケ。そんなら俺も一緒に行くぜぇ」 

ふわふわした雰囲気に耐え切れなくなったのか、男二人はどこかへ行ってしまった。俺は主催?である以上、ここを抜けるわけにはいかないが、ぶっちゃけ本音を言うと、ちょっと居辛い気持ちはあった。 

「すみません、クロ君。私、小さい子供を見ると、どうしても放っておけなくて・・・」 

「あ、そうですか・・・」ワタルが俺と同い年なことは黙っておこう。 

「──話を戻します。ワンさんはスラムの人間を皆殺しにするつもりなんです」 

警備員さんはワタルとシロにも手で退出を促す。首を傾げるワタルを連れて、シロは素早く部屋を後にした。部屋には俺と警備員さんだけになる。 

「ああ、そうらしいな。でも、一体なんで?」 

疑問は沢山あった。なぜ、どうやって、いつ・・・。しかし、まずは手直にあった動機から警備員さんに投げた。 

「──詳しいことはわかりません。しかし、恐らくそうであろうという推測は述べることが出来ます。・・・それもかなりの確度で」 

「・・・?なるほど、それを聴かせてくれ」 

どこか引っかかる言い回しだが、それは一旦置いておく。 

「彼が復讐を志しているのは知っていますね?もちろんそれが主たる動機なのは言うまでもないですね。問題は細分化した領域についてですが・・・、それにはまず、このスラムの社会的立ち位置について話す必要があります。──旧東都、一般手にはスラム、ゲヘナなんて呼ばれたりもしますが、ここは統治された国ではない無主地である、ということは知っていますね?」 

「ああ、知ってる」小惑星テリエルの所在を巡って、この首都は捨てられたのだ。 

「よろしい。テリエリウムの流通が実質的に禁止されている現在、如何なる国もテリエル、ひいてはスラムへの接触を禁じられています。しかし、その実態は違っています。アナタも知っての通り、大和国は私たちに物資を渡す対価として、秘密裏にテリエリウムを入手しています。これが世界にバレれば・・・。それは大変なことになるでしょう」 

「じゃあ、ワンはそれをリークすることで、大和国の失墜を?いや、それならスラムの人たちを殺す意味がないか」 

「ええ。本当の狙いはそこではありません。ただ実情を明かすだけでは、ダメージこそあるでしょうが、そこまで深い傷にはならないでしょう。そこで生贄としてスラムを使うのです。テリエリウムと報酬を巡ってスラムの人間と対立、その末に虐殺を行い、大和国はテリエリウムを独占する。そんなカバーストーリーがあればどうでしょうか」 

「・・・まあ、各国は黙っちゃいないだろうな。大和国の信頼は地に落ちる」 

「ええ、その通りです」 

「・・・でも、それだけか?確かに大和は痛手だろうが、人死にのリスクと見合ってなさ過ぎじゃないか?アイツがそんな復讐で満足するとは思えないんだが」 

「・・・はい、それも正しい。それだけでは終わりません」 

「じゃあ、何が?」 

「テリエリウムによって、世界は革命的な進歩を遂げました。ありとあらゆる業種がその恩恵を与り、誰もがそれを欲しがった。ですが、それは終わることのない資源獲得競争の始まりでもあったわけです。結果、戦争の勃発、東都の封鎖に至るわけですが・・・。では、その需要は綺麗さっぱり無くなったのでしょうか?いえ、世間ではそういうことになっていますが、やはり現実は違います。どの国もテリエリウムを獲得する機会を目を光らせて狙っています。そんな中、無主地の人間を虐殺し、貴重な資源を独占するようなことがあれば──、倫理を盾に武力が動くことだって考えられる」 

「・・・戦争か」 

それも今あるようなものではない。 

大和国の武力制圧、強硬的な支配を発端として、世界中が混沌に叩き込まれる。そんな醜い、泥沼の殺し合い。 

「はい。それがワンさんの狙いです。この文明社会で国が滅されるという異常、そしてそこから生じる混乱した世界こそが、彼の復讐の目的です」 

少し、感心してしまった。 

手法や目的は置いておいて、世界を混乱させる、というのは目指す結果としてあまりに空虚じゃないか、と俺は思ってしまった。明確な達成目標があるわけでもなく、状態を、世界を取り巻く価値観変えるということ。ワンにどういう苛烈な過去があるかは知らないが、それが復讐だとするのであれば、やはりどうにも乗り切らないわけだ。復讐の大仰かつ、それ故の燃え尽きるような熱量を俺は持っていないのだから。 

それよりも──。 

「何でそれを俺たちに話した?俺たちが道徳心に従って、それは良くないっていきり立って計画を阻止すると思ってるのか?」 

「まさか!だから最初に言ったでしょう。あなたたちの独立を手伝う、と。私が頼みたいのは計画の阻止ではありません。──乗っ取りです」 

「・・・なるほど」 

「そのためにはまず、彼の計画の詳細を話さなければいけませんね」 

警備員さんはそういうと、服のポッケからD&Tとラベルのついた小瓶を取り出した。中には黒い液体が満ちている。 

「──これはテリエリウムの製造過程で生まれる廃棄物、それを加工した毒です。皮膚に接触するだけで効果を発揮し、一定量を摂取すると中枢神経を破壊して死に至ります。恐ろしいのはその即効性です。接触から四肢の自由を奪うまで、およそ一分」 

「一分?それで動けなくなっちまうのか?」 

「はい、まるで手足を動かすことを忘れてしまったかのように、その場に崩れ落ちてしまい、やがては息をすることすら出来なくなってしまうのです」 

「それをばら撒くのか?」 

「ええ。テリエリウムの運搬のため作られた地下坑道、スラム中に張り巡らせたそれを利用して、地上に一斉に毒をばら撒くのです。そして、生き残った、いや生き残ってしまった人たちは──、武装した保安官たちによって殲滅させられます」 

「・・・は?」 

保安官が人々を殺す。その字面の違和感もそうだが、最も違和感を覚えたのは。 

「その作戦は、バァも許可してるのか・・・?スラムの人間を殺すことを?」 

「・・・その」 

目を伏しながら言い淀む警備員さんを見て、何となく察しがついた。 

「・・・そうか。うん、まあ、そうか」 

「・・・驚かない、んですか?」 

「いや、驚いたよ。怒ってもいる。正直、今この場にバァがいたら、何も考えずに殴りかかっていたかもしれない。・・・けど、よく考えたらさ、俺は何も知らないんだよ。ワンもそうだし、バァも、この世界の歴史も、何も知らないんだ」 

「・・・それで君はいいんですか?そんな、物分かりのいい言葉で、本当に納得できたんですか?」 

「いいんだよ、納得なんてできなくても。さっきも話してたんだけど・・・、あ、聞いてたのか。じゃあさっきも言ったんだけどさ、そういう理解できないしがらみとか、納得できない劣等感とか、そういうのをまとめて全部世界に見せてやりたいんだよ、俺は」 

怒り。自分の中にある怒りは、一体何なのか。どうして生まれるのかを考えていた。 

てっきり俺は環境、世界、自分が置かれた不条理に対しての怒りなのだと思っていた。だからこその復讐、報復なのだと考えていたのだ。 

だが、そうではない。仮に外と比べて劣っていたとしても、俺にとってはそれが当然の基準だ。経験したこともない裕福を想像して僻むなんていうのは嘘だ。 

俺は既にこのスラムで満たされていた。 

「──仲間がいて、バァとか警備員さんがいて、あとはまあ、エンドウとかもそうだけど・・・。ともかく、俺はスラムが好きなんだよ。だから、スラムをタブーとして扱われてるような、そんな状況が嫌なんだ」 

「・・・そうですか」 

警備員は一言、首肯した。どこか、何かを諦めたような顔をしたようにも見えた。 

「で、だ。どうやって止めるんだ?そっちから話をふっかけてきたんだ。やりようは考えてるんだろ?」 

「え・・・?やってくれるんです、か?」 

「ああ、やってやる。どうも、ワンのプランは乗っ取り甲斐がありそうだからな」 

スラムの正当性、普遍性を世界に伝える。 

もし乗っ取りが上手くいけば、それは充分、達成可能な目標に思えた。 

「・・・ええ、ええ。そうですね !あのいけ好かない白髪の中二病男のダさい計画を、メタメタのギタギタにしてやりましょうとも!」 

「ん、そこまでは言ってないけどね?」 

なぜか猛る警備員さんを見て、一抹の不安を感じざるを得なかったが。 

「──ま、元気なのはいいことだよな」 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA