「さて・・・、首尾はどうだ?」
「つつがなく。既に八割ほどが完了しています」
「そうか。ご苦労。もう行っていいぞ」
ワンは虫の食ったソファーに座り、複数のモニターに向かい合っていた。
退席を許可された女性──の姿形をしたアンドロイドはその場から動かない。
「──なんだ。話すことはもうない。とっとと失せろ」
ワンは苛立った様子で、今度は退席を命じた。OSに刻まれた命令遵守のアルゴリズムに意志がぐらつきながらも、警備員は変わらず居座った。
「・・・少し、お話しませんか」
「お前、話聞いてなかったのか?五秒前に言ったはずだ。メモリーがイカれてるなら修理してもらえ」
「ッ!私はそんな── !」
「機械じゃない、か?バカを言うな。人の腕は銃には変わらねぇんだよ」
「・・・」
ワンは黙りこくる警備員に向かい合う。
「なぁ、もういい加減諦めろ。お前はどう足掻いても機械だし、戦争の道具だ。そして、大量殺人者だ。俺も、お前も」
「・・・!で、でも、でもそれだけじゃ!」
「デモもストもねぇよ、早く消えろ」
「──兄ちゃん!!」
その刹那、乾いた銃声が響く。
「──」
「・・・な。言った通りだ」
戦闘用機械兵としての悲しき性か、警備員の変形した右腕は、ワンの放った銃弾を防ぎ、同時に反撃の一射を込めた銃口を男の脳幹に定めていた。およそ人間では不可能な早業は、どんなこの後のどんな訴えも無に帰す程の説得力と、生物としての技術的優越性に満ちていることは日の目を見るより明らかだった。
「こ、これはちが・・・」
慌てて我に帰った警備員が、苦し紛れの弁解をするや否や、銃声を聞きつけた人間が怒涛のように押し寄せてきた。
「大丈夫ですか!?」
「一体何が?」
「・・・銃が暴発した。しっかり整備させておけ」
ワンはそう言ってハンドガンを手渡すと、またモニターと向き合って、それきり後ろを見ることはなかった。
「貴女も、さあ」
「・・・ええ」
促され、警備員も部屋を後にする。
扉の閉まる最後の瞬間まで、ワンの後ろ姿だけが見えた。
一人残された部屋で、男は思う。
あれはきっと、チョウだ。
祖国の陰謀の犠牲になった俺の家族。あの雨の日に俺が亡くしてしまった宝物。
ああ、そういえば、あそこもスラムだったか。
どうにも貧さと縁があるのかもしれない。環境においても、精神においても。
ともかく、俺はあのアンドロイドの中に、確かにチョウの息遣いを感じている。考え方、記憶、記録、その根拠を挙げていけば暇はないが、あれはそうだ。
「・・・いや、違うさ」
呟きは虚空に溶ける。自己暗示は自己矛盾を覆い隠すためのレトリックだ。反証など幾らだって見つかる。
それでも、こうして何度目かもわからない思考の反芻を繰り返すのは、どうしたって未だ後悔に固執しているからだ。そうでなければ、こんな破滅的な復讐なんか考えもしないだろう。
モニターに映るスラムの人々は活気に溢れている。当然だ。目的を作り、技術を教え、教養を伝えた。全部は俺が、俺の復讐のために十年に渡ってしたことだ。人道的に、平和的に、そうであるからこそ意味があるのだ。
──全部壊れるからこそ、意味があるのだ。