世界は色彩に溢れている。 

命も祈りも心も、世界を構成する全てには色相があって、彩度があって、照度があって、それはまるで緻密に組み上げられたジェンガみたいなバランスで存在していた。どれか一つでも欠けようものなら、それは途端に偽物になってしまうように思えた。僕にとってはそれが普通で、皆にとってもそうなんだろうと、当然の様に考えていた。 

けれど、実際は違った。 

人が喜ぶ時、悲しむ時、怒る時さえも、その発する色はとても綺麗だ。発信者も、それを受け取る人間も、その感情は互いに影響を与えあって、見事な調和を為すのだ。 

てっきり僕はお互いがお互いを分かり合っているからこそ、そのマリアージュは生まれているものだと思っていたのだけれど、どうも彼ら彼女らにその意識はないらしいのだ。人は皆はそれぞれ、心の赴くままに生きている。それが僕には理解が出来なかった。仮にその感情における色彩調和が人間的だとするのであれば、僕は著しくそうした人間性に欠けているのかもしれなかった。 

だから僕は他人と話せない。美しい人の営みに壊滅的な無色を加えることは出来ない。 

そんな僕を周りの人間は気味悪がって、遠ざけようとした。 

両親さえも、例外ではなかった。 

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「しっかし、どうしたもんかな」 

クロは悩んでいた。廃墟と化したホテルの一室から、遥か遠くで浮かぶ黒い小惑星、その巨大さを見ながら、自分の向こう見ずさに少しだけ嫌気が刺していた。 

「復讐ったって、明確な目標があるわけでもねぇしなぁ」 

旧東都スラム、それは国に見捨てられ、最早どの国のものでも無くなった無主地である。突如、大和国、東都上空に出現した小惑星テリエル、そしてそこから採取できる新種の金属、テリアリウムは世界の産業、ひいては技術体系を飛躍的に進歩させた。しかし、その資源を巡り、争いが勃発。今やテリエルへの接触は禁じられている。依然として小競り合いのような戦争は続いていて、大和国も国民を動員してそれに望んだ。それに反発した人間は亡命という形で旧東都へと逃げ込み、このスラムを作り上げたのだ。 

「・・・戦争か」 

その言葉の意味をなぞる様に呟く。 

スラムの実質的なドンであるバァという老婆、彼女から伝えられた事実、スラムは戦争に協力して物資を国から秘密裏に受け取っている、ということを知って、クロは激昂。その場の流れで復讐の戦争を起こしてやる、と息巻いたはいいが、その方法などてんで浮かんでいない、というのがあらましである。 

「戦争がどうしたの?」 

「うぉっ、・・・シロか」 

「うん、シロだよ」 

いつの間にか後ろにいた少女はシロ。クロと同じくスラム育ちで、黒猫党というクロの率いる半グレグループのメンバーだ。 

「クロ、どこ行ってたの。急に出て行って行っちゃったから。心配してたんだよ」 

「急にって・・・。お前なぁ」 

脳裏に記憶がフラッシュバックする。子供のような癇癪でシロをベッドに押し倒した。あまつさえ、性的な要求までしたのだ。俺は情けないやら、居た堪れないやらで飛び出して逃げたわけで。まさか相手側からそんなフランクに、そのことについて触れられるとは思ってもいなかった。 

「何?あ、もしかして、あのこと?私を押し倒して、脱げよ、って言ってたやつ?別にあんなの全然気にしてないよ!」 

「言うな、バカ !あ、いや、そうは言ってもだな・・・。ていうか、なんでそんなに機嫌いいんだ?」 

シロは元来、活発というか溌剌な女の子だが、それにしたってなんだか今日はやけに声色が明るい気がする。 

「え?だって、クロが帰ってきたから。それもすごく生き生きしてる」 

「はぁ?どこがだよ」 

「どこもかしこも。そういうのって雰囲気でわかるものでしょ?」 

「・・・そうかな。そういうものなのか」 

「そうよ」 

何となく言いくるめられた気がするが、まあ別にいいだろう。先のことがある以上、あまり強くは出られない。 

「それで?なに、戦争って」 

興味津々のシロに少し気後れする。衝動的に発生した小競り合い、つまり子供じみた感情の起伏が原因のインシデントであって、それは俺が嫌うことだった。それに巻き込むのはどうにも気が引ける。 

とはいえ、ああも啖呵を切ってしまった手前、今更取り下げるのも、それこそ子供が玩具に飽きてしまうような、幼児的堪え性のなさを露呈している様で、それもまた気が引ける。 

さんざっぱら、うんうんと唸りながら頭を捻った挙句、俺はシロに事の顛末を話し、協力を要請することにした。俺が悩んでいる間、話し始めてからも、シロはじっと真剣な顔で待っていた。 

「・・・なるほどねぇ。ふふっ」 

「なんだよ、おかしいとこあったか?」 

「おかしいとこなんてないよ!ただ──」 

「ただ?」 

「おい!!クロ、大変だぁ!」 

「!!」 

突然、ドアが開き、息を荒くした茶トラが転がり込んできた。丸々とした大きな身体に、それに相応しい大味な性格をした偉丈夫。彼は黒猫党の堂々たるナンバーツーだ(メンバーは四人しかいないのだが)。 

「お、おぉ、邪魔ぁしちまったか?」 

「いや、大丈夫だ。どうした、何があった?」 

「それがよぅ、ガキが一人このアジトに入り込んで来たんだよ」 

「あ?ガキが入り込んだ?なんだ、それだけか?」 

「ああ、そうだ。それだけなんだが──」 

「茶トラ、てめぇそんなことで慌ててんじゃねぇぞ、みっともない」 

「いや、最後まで聞いてくれ、クロ。そのガキなんだがな、どうも外から来たらしいんだ」 

「・・・何?」 

外。このスラムにおいて、その言葉の意味するところは一つ。 

「──あいつは、大和国からの密出国者だ」 

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