「さて、お前ら。戦利品を確認しよう」
中心街から離れた場所の廃墟、今では窓は割れ、壁には蔦が伸びているか、かつては大きなホテルだった。そこが俺たち“黒猫党”のアジトだ。エントランスのテーブルに四人がそれぞれ向かい合って座り、それぞれのナップザックから盗んできたものを机上にぶちまける。
缶詰、ドライフルーツ、大きなレトルトパウチがいくつかにチョコレート、瓶詰のドリンク。他にも漫画雑誌や映画のディスクもあった。
「へっへ、今日は結構大漁だったなぁ!」
「てめー、チャトラぁ。また食い意地張りやがったら、てめえを解体して食料にしてやるからな、クソが!」
「これで全部か?よし、これなら一週間は持つな」
「これはなぁに?お酒かな?」
シロは翠色のガラス瓶を手に取ると光に透かすように頭上に掲げた。とぷん、と液体が波打つ。
「さぁな、とりあえず持ってきたけど、酒だったら俺はいらないな」
「はっ!ダセェな、クロ。酒ぐらい楽しめるようにならねえと男がすたるってもんだぜ?」
「おぉ?だがよぉミケ。そりゃぁおめぇ、こないだそう言ってひっくり返ってたじゃねえか。顔を真っ赤にしてよぉ。ありゃぁ、コップ一杯もなかったぜ」
「うるせぇ!てめーは黙っとけ、デブ」
「へっへ、デブかぁ。誉め言葉だぜぇ」
「ねえ、クロ。これ開けてみてもいい?」
「ああ、なんにせよ確認してみなきゃな」
うん、と頷いてからシロはキャップを捻る。パキリと音が鳴って、フルーティーな香りがふわりと広がる。それはいかにも酒特有のものだった。
「うわぁ、いい香り。いい香りなのに、どうして味はああもキツイのかな」
「そういうもんだからな。そうか、酒か。なら俺はパスだ」
「私もいらない」
「おいおい、いいのかぁ?そしたら俺がもらっちまうぜ」
「おうおう、俺にもくれよミケ」
「てめーは飲むな!それ以上声がガラガラになったらな、こっちが困るんだよぉ!」
「おめぇこそ、気絶すんじゃねえぞ。毎回ベッドに運ぶこっちの身にもなりやがれってんだ」
「おい、お前ら。飲むのはいいがほどほどにしろよ」
「うるせぇ!死ね!」
「おう、クロはホントにいいのか?」
「ああ、俺はいい」
ミケとチャトラは酒瓶を持って奥の部屋へと歩いて行った。エントランスには二人だけが残る。
「クロが飲むなら、私も一緒に付き合うよ」
シロは残った瓶をこつんと指で弾いた。
「いらねえ。俺は嫌いなんだ」
「何が」
「酒だよ」
「・・・ふうん、そっか」
それきり、二人の間に会話はなかった。シロはせっせと戦利品を仕分け、俺はそれをぼんやりと眺めていた。食料は長持ちするものとそうでないもの。火を通した方がいいものと生でもいけるもの。腐って食べられそうにないもの。
「・・・」
シロはふうと息を吐いて額を拭った。数日分の仕分けが完了して、机の上は綺麗に整えられている。
「ねえ、クロ。このダメな奴は何かに使えるかな?」
痛んでいたり、傷ついているものが机の下に乱雑に積み重ねられている。使い道を尋ねてはいるが、初めからそんなものは想定していない様子だった。
「・・・捨てておいてもらえるか」望まれている言葉を返す。
「うん、わかった」すんなりと了承が得られる。
シロは袋にゴミを詰めて外へと捨てに行った。足音は遠のき、やがてその残響も聞こえなくなる。俺は綺麗に分けられた机の上を見て、なんだか無性に腹が立ってきた。
「・・・俺たちは仲間外れか?」
ぽつりと呟いて、瓶を爪で弾く。カチン、と何だか寂しい音が一人だけのエントランスに響いた。
俺が生まれる少し前、ソイツは突然現れたらしい。
まだ東都が人で賑わっていた頃、人々は上空に出現した球体を恐怖と共に見上げていた。
だが、その恐怖はやがてその色を変える。
研究により球体の有用性が理解されると、世界はこぞって開発に乗り出した。
“心を記憶する金属”なんて触れ込みで宣伝されていたけど、実際あれはもう魔法だった。発達した科学技術は魔法と見分けがつかないなんて言うけれど、どちらかというと、魔法を使うために科学技術は発達したという方が正しかった。当時の新聞や雑誌の切り抜きを見たからどれだけ盛り上がっていたのかは俺も何となく知っている。
羨望、期待、畏怖、熱狂──。千差万別、ありとあらゆる感情が球体に向けられた。その多くは好意的なもので、それに間違いはなかった。
しかし、それは長くは続かなかった。
金属の獲得競争、開発競争は激化し、例え小国や個人であったとしても、革新的な利用法を見つけさえすれば利権を得ることが出来た。誰もが目をギラつかせて競う中、やがて事件は起きた。
球体の破壊を目的とした爆破テロは約二十万人以上の死者を出し、球体は世界のタブーとなった。東都は捨てられ、今やどこの国にも属さない無主地として今日まで放置されている。必然的に金属の流通は止まり、素材の不足にあえぐ人々は略奪を目的に争いを始めた。戦争は驚くほどぼんやりと始まった。
──正直、あまりに身勝手で本能的が過ぎると俺は思う。
たかだか金属がないくらいで略奪とは。たかだか生活が少しばかり不便になるくらいだろうに戦争とは。まるで知性が抜き出されたようだ。それくらい理解ができない。
大和では戦争に向けて人員召集が始まった。アンドロイドの台頭により戦場に行くことこそなくなりつつあったが、それでも人的資源は貴重だった。
そして、俺たちの親たちはそれを拒否した。
「起きてください。もう、いつもこんなところで」
優しく揺さぶられる。段々と意識がはっきりしてくる。
「うぉっ・・!」
感覚が正常に戻ると同時に跳ねるように体を起こした。
変な体勢で寝ていたからだろうか、肩と首に微かな痛みが走った。
「あ、やっと起きましたか。おはようございます。といっても、もう夜なのでこんばんよう、ですかね」
「警備員さん」
白砂のような髪を後ろに束ねて、こちらを覗く目。
その人を警備員さん、と俺たちは呼んでいる。
どこから来て何をしている人なのか、何も知らない。ただそこにいて、ただ時折顔を合わせるような人。お互い詮索はしない。そういう関係だ。
「クロ君、あなたはまだ成長期なんですから、しっかりベッドで横にならないといけないんです」
「・・・そうかよ。参考までに聞いときたいんだが、成長期のガキが変なとこで寝てたらどうなるってんだよ」
「変な方向に曲がったまま、成長します」
「・・・はぁ」
「机に突っ伏した姿勢のまま、ぐにゃぐにゃと・・・、そう、ちょうどあんな感じに」
警備員さんは壁で縦横無尽に育ちっぱなしの蔦を指差した。
「ああやって育つからなんなんだよ。自由で結構なことじゃねぇか」
「よくありません。考えてみてください。あんなに四方八方に腕や足が伸びてしまったら大変なことになるでしょう。あちこち張り巡らされて、きっと肩こりで夜も眠れませんよ。私はそんな大人にはなってほしくないのです」
「だからどんな」
「つまり──、肩肘張ったつまらない大人です」
「・・・あ、そう」
妙な間が空いた後、誤魔化すような咳をしてから警備員さんは続けた。
「こほん。とにかく!しっかり寝て、しっかり食べて、運動をしてくださいね。あなたたちはまだ幼いのですから。・・・それとお酒も、よくないですよ」
警備員さんは机の上に置かれた八分目くらいの瓶を伏せ目がちに見る。
「っ!飲んでねぇよ!」
どうにもばつが悪くて、俺は慌ててグラスをぐいと引き寄せて隠した。それを見て、警備員さんは眉尻を落として微笑んだ。
「よろしい。ではこれで。──あ、あと西地区には入っちゃダメですよ!いいですね!」
出口へと向かいながら俺に向かって大声を出す。
「あいあい、わーってるよ!名無しの化け物が出るんだろぉ!」
何百回と聞いた話だった。封鎖された東都の西側、かつての大都市からは離れた郊外は今や人が住める環境ではないという。建物は崩れ、凶暴な野生生物たちが好き勝手に闊歩していて、入れば名無しの化け物に襲われて命を落とす、という。それがスラムで育った子供たちの聞かされるおとぎ話のようなものだった。
「クロ!どうしたの?誰かとしゃべってたみたいだけど」
奥から帰ってきたシロが尋ねる。手にはもうゴミの入った袋はなかった。
「警備員さんだよ。お節介なのかなんなのか知らんが、またご丁寧に俺を起こしていったよ。余計なお世話だぜ」
「えー、警備員さん来てたんだ。お話したかったなぁ」
「何を話すんだ?あの人と」
「別にぃ?なんだっていいでしょー、クロには関係ないもん」
「そうか、別に興味もねえよ」
「ひどい言い草!それじゃ私にも興味がないみたいじゃない」
「よくわかったな」
「ひどい!」
ぎゃあぎゃあと喚くシロにうんざりしながら、ソファーから立ちあがろうとする。その時に身体の陰に隠していた瓶がからん、と倒れた。
「あ!クロ、また一人で飲んでたの!」
「ちっ」
「いつも言ってるでしょ、私も混ぜてって」
「お前にはまだ速ぇよ」
「それはクロもでしょ」
「あ?」
「別に私じゃなくてもいいよ。ミケでもチャトラでもいい。たまには誰かと一緒にしようよ」
俺は少し顔を上げた。シロは寂しげに笑っていた。目は合わなかった。
「一人で大人にならないでよ」
「・・・俺は」
言いかけた時、奥からミケの怒号が聞こえた。また酔ってチャトラと言い合いになったに違いない。
「・・・ったくあいつらは」
俺は声のする方へと歩いていく。
「ねえクロ」
シロの小さな声がした。
「約束だよ?」