「そこじゃないよ!それはこっちに運んで!」
「承知いたしました」
戦闘用アンドロイドC-004は少年の指示に従って、肩に担いだ大砲のような金属製の筒をドカリと下ろした。その様子を見て、エメリーは満足そうに頷く。
「ありがとう!またコレクションが増えた!」
「そろそろ拡張も考えなくてはいけないかもしれませんね」
「そうだね、父さんに相談してみよう。──それよりケビン!すごく慣れてきたね !」
「・・・ありがとうございます」
アンドロイドもとい、ケビンと名付けられた機械執事は控えめな感謝を述べる。それは謙遜や卑下ではなく、どちらかと言うと困惑から来る消極的なコミュニケーションだった。
──C-004。lebシリーズと呼ばれる人型アンドロイドの中でも戦闘用(combat)に調整された型番である。外見こそ人間と変わらないように見えるが、内部には無数の銃火器やナイフが格納されている。「殺意」に特化した感情プログラムを組まれており、ターゲットの殺害という目的のためには自らが破損しても一切構わずに攻撃を続ける姿勢から、巷では殺戮人形として恐れられている。
「・・・」
そんな兵器であるケビンが、主感情である殺意を抑えられ、どこの誰かもわからない少年の執事として、身の回りの世話をしている。現状の処理に混乱するのも無理はなかった。今や引き金よりも、拳よりも小さいサボテンの為に、霧吹きのトリガーを引く回数の方が多いほどだった。
「いやはや、飲み込みが早くて私めも大変助かっております」
「当然だろ!なんて言ったって僕のケビンなんだから!」
「ほっほっほ、これは私も、うかうかしていられませんね。このままではお仕事を奪われかねないですから」
「そうだぞ!トーマス!僕のケビンがいればお前なんかいつでもクビにできるんだぞ!」
「おお、それは何て恐ろしい・・・!時に坊ちゃま、ケーキが焼けたようですが、お召し上がりになりますか?」
「ケーキ!?やった!」
「では、裏庭へ向かいましょう。今日は天気がいい。紅茶もお淹れいたしましょう」
「行こう行こう!!ほら、ケビンも早く!」
「・・・はい、ただ今」
三人、いや、二人と一体は工房を出る。巨大な豪邸は不必要なほどに広く、たかだか裏庭に向かうのだって少しばかり歩く必要があった。
「ねぇ、トーマス?いい加減、うちにも車を置こうよ」
「はて?車ならばもう百台以上はあるではございませんか」
「そうじゃないよぉ。お家の中を移動するためのやつってことさ!」
「ああ、なるほど。ですが、それには旦那様からのご許可がなくては」
「えぇぇぇー、それじゃあ絶対に無理じゃないか!」
「ええ、恐らくは。旦那様はお嫌いでしょうな」
「そうさ!きっとこういうよ!『ダメだ、ダメだ!いいかい?人は機械に頼りすぎてはいけないんだ。機械みたいになってしまうからね。わかるかい?エミー』ってね!」
「ほっほっほ。お上手です」
「はぁー、いっそのこと目的地まで投げ飛ばしてくれないかなぁ。その方が楽な気がするよ!なぁ?ケビン」
「承知いたしました」
「え?・・・わ、ちょちょ!ストップ!ストォォォプ!」
ケビンは徐にエメリーを担いで、まるで砲丸投げのように投擲の姿勢を取った。
「おやめ下さい!ケビン様!」
「中止ですね。承知いたしました」
「・・・はぁ、びっくりしたぁ。ケビン!ケビン!今のはジョークさ!誰も本気でやれなんてって言ってないよ !」
「学習しました。次回からはそのようにいたします」
ケビンは眉一つ動かさずに淡々と言った。
「トーマス。これ、どうにかならない?前もこんなことあったろう?」
「ええ。家庭教師から出されたホームワークを燃やそうとしましたね」
「なくなっちゃえば、って僕が言ったからだったよね」
「確か」
「うーん、そうなっちゃうかぁ」
「・・・やはり、難しいのではないでしょうか?」トーマスは少し身を屈めて、エメリーに耳打ちした。
「そう思う?」
「はい。元々は戦闘用にカスタムされた機体です。思考や行動原理が通常のものと違ってきてしまうのは仕方がないかと」
「そうかぁ・・・」
「・・・あの部品を使うのならば、或いは──」
「ダメだ、ダメだ!あれは使いたくない」
「・・・そうですか。わかりました」
「・・・あれを使うのは、父さんを認めることになっちゃうから」
「・・・では、そのようにいたしましょう」
「・・・うん。さあ、ケビン!行こう!」
「承知いたしました」
ケビンは応答し、変わらず二人の後ろを数歩遅れて着いていった。
──ケビンは、その後もほぼ完璧に仕事をこなした。
家事や諸々の雑務、時にはエメリーのコレクションの改造、修繕なども全て求められることを、求められるままにこなした。その働きぶりにはエメリーやトーマスだけでなく、屋敷の使用人たちも感服していた。
だが、やはり頓狂な方法で命令を遂行しようとするのは変わらずで、エメリーたちは頭を悩ませていた。「殺意」という感情を取り除かれたケビンに残っている感情は、命令を遂行した時に生じる達成感のみであり、最短距離でそれを求めるが故の行動だった。言われたことを額面通りに受け取る、というよりは、行動を自制する感情のリミッターがない、という方が正しい。
エメリーがそれでもケビンを機械執事として傍に置いているのには、単に世話係というだけではない、二つの理由があった。
一つは父への反抗。兵器開発において莫大な利益を上げているD&T社、つまりは父親の仕事が戦争の、世界中で起きていた虐殺の片棒を担いでいることに対する、エメリーなりのアンチテーゼだった。自社で製造された戦闘用アンドロイドを、執事として、ある種家庭的で一般的な“使い方”をすることでそれを示そうとしている。
そして二つ目は、至極単純なものだ。エメリー本人が初めに言ったように、ただ友達として接する誰かが欲しいという、純粋で年相応の願いからだった。
エメリーには同世代の友達がいない。外出すれば常にSPが周囲を取り囲み、授業は全て家庭教師によるものなので学校にも行っていない。唯一、気兼ねなく話せる相手は執事のトーマスだけだ。そんな彼がケビンを”執事”として傍に置いておきたかったのは、彼にとって、その肩書きが”友達”よりも深い意味を持っているからに違いない。
──だからこそ、エメリーは煩悶していた。
あくまで事務的に、アパシーに淡々と業務をこなすケビンの姿は、彼が真に望んだ関係における立ち居振る舞いとは逸脱していたからだ。一般的な執事としての仕事は凡そ全うしている。だか、エメリーが求めるのは、もっとフォーマルでありながら、それでいて気兼ねのない、健全な支配関係と呼ぶような間柄──それは例えば古風な親子関係のような──を求めていた。
そして、恐らくは解決することができる方法も、エメリーはまた持っていた。
「・・・」
それが、彼を殊更悩ませた。